当日レポート(1)

オープニングはこの日のために結成した合唱団、その名も「コーラス9(ナイン)」

広島で生まれた歌「ねがい」とベートーベンの第九をもとにした「希望の第九条」で幕を開けました。

開会挨拶は9条世界会議ヒロシマ共同代表の平岡敬さん

「最近、日本の国が土台から腐っていくような感じがしている。政界、経済界、そして社会に偽善やごまかしが横行している。その根本は何かと考えてみる。憲法99条で、国会議員、公務員は憲法を遵守する義務があるのに、その義務を履行していない。そういうことが偽善やごまかしにつながっているのではないかと思う。 国民の幸せとは何か、この国をどうしていくのか、どういう社会にするのではなく、ただアメリカに追随して、戦争ができる国にするというのが最近の改憲の動きだ。
 私たちはヒロシマ・広島ナガサキの体験から、戦争をしてはならない、戦争は決してしないという覚悟で戦後を生き抜いてきた。戦争は人間の尊厳を踏みにじるものだから。核時代、核拡散の時代では、戦争は人類の破滅につながる・・・」  続きはこちら 

メインゲストのマイレッド・マグワイアさん
        
   (写真右は通訳の小泉さん)

「日本の皆様そして広島の皆様、あたたく歓迎して頂き感謝申し上げます。私は広島に来ておおきな惨禍から立ち上がり、このように美しい街に再建されたことに勇気づけられています。私は希望が持てます。人間の精神は偉大な回復力があることを、そして人間は苦しみを乗り越え、創意と想像力によっても目的を持った素晴らしい人生を築くことが出来ることを、広島は教えてくれます。
 私は前回広島に来たときに、平和公園の原爆ドームを訪れました。また被爆者の話を聞き心をうたれ、戦争がもたらす犠牲について考えさせられました。被爆者の方々は核戦争を繰り返させまいと、1945年8月から半世紀以上も勇気を持って、体験を語り続けられてきました。核戦争の恐ろしさについて、証言活動を続けてこられ、戦争ではなく平和を選ぼうと世界に呼びかけてこられた被爆者や広島市民の皆様、日本の皆様に感謝申し上げます。
原爆ドームが世界遺産に登録されたことを嬉しく思います。原爆ドームは私たち人間が共通の人間性を見失ったとき、お互いに苦しみを与え、破壊し合う可能性があることを世界に示すシンボルです。しかし、またこの戦争の遺跡は、希望の象徴でもあります・・・」
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リレートークの最初はIPPNW日本支部事務総長の
片岡勝子さん


 「きょうは子どもの日。子どもの頃見た原爆の子の紙芝居は他人事とは思えなかった。
当時、岩国市郊外に住んでいたが、朝鮮戦争で発着する米軍機の爆音で眠れなかった思い出がある。
 ビキ二で被爆した第五福竜丸久保山愛吉夫人を国連に送るために、小遣いの中からを募金したのが私の最初の平和運動だ。当時、米ソ両国は大気圏内核実験を繰り返しており、ラジオの天気予報では死の灰予報もあった。白血病からの回復を祈って千羽鶴を折りながら亡くなった佐々木貞子さんをはじめ、原爆で死んだ多くの子どもたちの霊を慰め、戦争で子どもたちが亡くなることがないようにと願う「原爆の子の像」を作るための募金のよびかけがあり、私も協力した。「原爆の子の像」建立は、ちょうど50年前の今日、5月5日のことだ・・・」 続きはこちら


UNITARユニタール アジア太平洋地域広島事務所長
ナスリーン・アジミさん

「素晴らしい会議に招待頂き、ありがとうございます。
広島ほど9条の問題を語ることが相応しい土地はない。  私は武器貿易に絞って話したい。戦後日本は制度が変わった。民主主義、経済の繁栄、女性の権利保障、土地改革、教育改革も行われた。これらは第二次大戦の悲劇がなくても、時間の経過によって実現した可能性はあった。しかし、あの悲劇を経てできたのが平和憲法だと思う。平和憲法が世界にとってどういう意味を持つか、考えていただきたい。
 スライドに書いているのは、日本のある人が言った言葉だ。「平和憲法のみが我々が敗戦から得た配当である・・・」 続きはこちら


ANTひろしま代表の渡部朋子さん

 「ANTひろしまという草の根NGOの代表をしている。被爆者の両親のもと広島で生まれた。原爆の子の像ができて50年、きょうは広島にとって特別な日だ。1958年5月5日、像の除幕式があった。2歳で被爆、白血病を発症した佐々木貞子さんの死を悼み、同級生が慰霊碑を作ろうと呼びかけ、3年後に建立された。貞子さんは折鶴を1000羽折れば願いがかなうという言い伝えを信じながら、10月25日亡くなった。忍耐強く、最後まで望みを失わず、同級生は心を動かされた。
 ヒロシマの子どもたちは原爆で家族や家を失い、恐怖などにより心身に傷を負っていた。二度と戦争が起こらないように、核兵器が使われることがないように、子どもたちのための像をという、粘り強い運動で寄付金が集まった・・・」続きはこち


広島平和文化センター理事長のスティーブン・リーパーさん

「20世紀のはじめ、軍国主義が日本の国土を完全に破壊し、ひどい被害を受けた。ヨーロッパやアジアでも多くの地域を破壊し、6000万人の犠牲者を出した。そのトラウマの中で、国際連合が生まれ、平和を願う人権宣言が発せられた。
 私は最近、日本国憲法についての本を読んだ。日米両国の知識人たちは、明白に憲法9条のアイデアは日本人のものだといっている。9条は日本の国民の過半数によって支持されていた。日本の人たちが、戦争の怖さと、軍国主義に支配される恐ろしさを心底知っているからであり、戦争は2度とあってはならないと思っているからだ。一方で、自衛隊が結成され。イラクに派兵された。平和憲法を変えようとしている動きは、 アメリカからの圧力によって起きたことであり、ある意味で「日本の独立を達成する」といっているのはうそか、本当のことを知らないからだ・・・」続きはこちら


広島大学 Plaza De Españaの
やぶれかぶれのみなさん

力強い歌声ととさわやかなトークがすばらしいアカペラグループでした。
一曲目は、アメリカのトラディショナルが原曲でアメリカのアカペラグループrockapellaがカバーした House of the rising sun、
二曲目はアメリカのアカペラグループThe House Of JacksのオリジナルでAround、
三曲目はディズニーの名曲のロッカペラによるカバーでIt's A Small Worldでした。


べすぱのおふたり

きれいに澄んだやさしい歌声が胸にしみました。

一曲目は「日本の幸福(しあわせ)」
二曲目は「あったかいのが空まで」



太田順子さんのフルートに乗せて
小堀恵美子さんによる9条世界会議ヒロシマ宣言の朗読


胸に深く刻み込まれる宣言でした。








写真撮影:長谷川潤

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9条世界会議・ヒロシマ実行委員会  
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